廃棄につながらない洋服づくり
山形駅から田んぼの中を走る電車に乗り、田舎の風景を眺めながら向かった寒河江市にある佐藤繊維株式会社。90年以上前からウールの糸を紡ぎ、世界と日本の架け橋となりオリジナルの素材や製品を日々研究している紡績ニット工場です。今回は挑戦をし続ける代表取締役社長の佐藤正樹さんとBLUEKNIT storeのクリエイティブディレクターを務める梶原加奈子さんの対談の模様をお届けします。後編では、サステナブルや若手の人材育成、今後の目標について語っていただきます。
代表取締役の佐藤正樹さん
BLUEKNIT storeのクリエイティブディレクター 梶原加奈子
【梶原】
これからの市場では、環境や人に優しい取り組みやサーキュラーエコノミーの意識が益々高まっていくと思います。製造工程のトレーサビリティやリサイクルシステムの構築など、新しい流れが広がっていく中で、佐藤社長が考えるこれからのサステナビリティについて伺いたいと思います。
【佐藤社長】
リサイクルやリメイクなど、もう一度作り直すことも大事ですが、重要なのは廃棄につながらない服作りだと思います。素材や編み方にこだわって丈夫に作る。魅力あるデザインを生み出すとともに、長持ちして大事にしたいと思ってもらえる服をいかに作るかが私の考えるサステナブルです。
その他にも、弊社では30年程前から糸や生地を捨てずに再利用を心がけています。ニットを製造した後、糸は結構余るものなのです。それらを次のサンプル制作に再利用したり、残糸だけで製品企画をするなど、使い道は幅広くあります。服を作った後に残る生地は、廃棄することなくクッションや座布団などにして自社で販売もしています。1点ものになりますが、お客様が好きなものを探す楽しみがあり、人気があります。また、家具の会社とも取り組み、カスタマイズソファの張り地としても活用しています。
残糸、残反の種類や残量を全て把握して管理している
【梶原】
これだけの糸を管理しているのはすごいですね。長い間、会社全体で残るものを大事にしていることがわかります。自社ブランドを生産していく上で、ゼロから育てていくことは容易ではなかったと思います。委託生産も多い中で、自社製品の生産というのは優先度が上がりにくく、スケジュールや社員配置のコントロールが難しかったのではないかと思います。成長していく中で工夫してきたことを伺えますか?
【佐藤社長】
最初はロットが少なかったので、生産の工程は極力内製をベースとしていました。自分達でやるしかないという思いで取り組んでいました。
編機以外にも刺繍やプリーツ、縫製から仕上げなど様々な工程をこなせる機械と場所が揃っている
【梶原】
ニット編機だけでなく刺繍機械や縫製体制や染色整理加工の体制もあり、本当に一貫でものづくりされていますね。また工程で社員さん達が活発に仕事をしている様子は圧巻です。少しずつ発展していったのだと思いますが、企画から生産や販売まで人も仕事も循環させていく体制を作りあげ、続けていることに感銘を受けます。
【佐藤社長】
最初は5月に製品展示会を開催して小売店さんに卸すことを優先にしていましたが、徐々に早めて今は2月に発表するようになりました。どこよりも早く発注を貰えるので、生産のゆとりを持つことができるようになり、工場全体のスケジュールが見通しやすくなりました。
工場の大半は自社製品を生産している体制
1度失われた技術
【梶原】
工場内を見学させていただきましたが、若い方がとても多い印象です。
【佐藤社長】
工場を始めた頃は若い人材が全く入れられずに平均年齢が50〜60代でしたが、今は20代の社員が増えてきました。過去に、社員の年代の入れ替りで、教える人がいなくなってしまい20代の社員だけになった時期がありました。教わることのできない環境の中で自分達で考えながら努力して、ノウハウやスピードを身につけて成長したと思いますが、大変苦労したと思います。
技術の継承には時間が必要です。若い社員達が管理をしながら次の人材を育てていく、伝承する体制を保持していきたいと思います。今日の日本の工場は、平均年齢が高齢になりがちですが、1度失われた技術を取り戻すのは本当に大変な事です。それを防ぐためにも若い人材を雇用し育て続ける環境を工夫する必要があると私は考えています。
熱心に工場で働いている若手社員さんたち
【梶原】
佐藤社長は、服飾専門学校や美大などからインターン研修を受け入れ、若い人材の育成にも力を入れていますよね。
【佐藤社長】
毎年新卒採用は積極的になっており、2023年度も新卒で県外から4人、中国と韓国からも採用しています。県外からでもやる気がある方は歓迎しています。うちにはものづくりをしたいクリエイターが集まるので、仕事が終わった後、自分の研究に時間を使っているインターンや若手社員も多いのも特徴です。
皆さんカジュアルな服装で、頭髪も自由、個性的な雰囲気の社員さんが活躍中
切磋琢磨して進化し、支え合う
【梶原】
BLUEKNITに参加していただくこととなり、これから共に発展していければと思いますが、この取り組みに期待することはありますか?
【佐藤社長】
サステナブルを推進していくBLUEKNITのひとつの顔となれたら嬉しく思います。
また、BLUEKNITを通して、弊社の取組みが一人でも多くの方々に知っていただけるきっかけになれば幸いです。
【梶原】
参加してくださるニットメーカーさん達と共に、日本のものづくり発信を一緒に盛り上げていきたいですね。ファクトリーブランドを始めて立ち上げる工場さんもいるので、佐藤さんに引っ張っていただきたいです!
【佐藤社長】
経験が必ずしも良い方向に行くとは限りませんが、頑張ります。お互いに影響を受けながら切磋琢磨して進化していきたいですね。一番大事なのは、独自のものづくり、独自のスタイルをきちんと出すことだと思います。真似するのではなく、発想の仕方を勉強していく。そんな場所にもなれたら良いですね。
【梶原】
今までも変化をしながら工場を発展し世界で活躍していると思いますが、今後について挑戦していきたいことはありますか?
【佐藤社長】
寒河江の山に牧場があって、そこを羊牧場にしたり、麓にキャンプ場を作ったり、温泉を掘って「羊温泉」もやりたいですね。
築100年以上の石蔵をリノベーションしてショップ、レストランとして運営されている「GEA」
【梶原】
視野がますます広がっていますね!寒河江地方の観光活性化に繋がっていきますね。
最近、産地の工場さんとお話ししていると、地域の特性を活かした観光や食と連携して新しい分野に関わっていく人たちが増えているように感じます。
【佐藤社長】
私も寒河江の観光物産協会の会長と、山形県の「山形ブランド特命大使」も務めていますが、東京の人が寒河江に来る意味を考えたときに田舎らしさが一番大事だと思います。山形駅から寒河江駅まで移動する電車の窓から見える景色も魅力の一つであり、寒河江が持つ環境の価値をもっと多くの人たちに伝えていきたいと思っています。
工場に向かうディーゼル列車の車窓の景色
【梶原】
地域全体を通してブランディングを考えているんですね。
佐藤社長が続けてきた道のりやこれからの考えを伺い、繊維産業の未来づくりを考えている私自身も励みになりました!ありがとうございます!
【佐藤社長】
ずっと話したいと思っていたので、このような機会があってよかったです!
梶原加奈子ディレクターの取材を終えて。
世界と向き合い、個性的なものづくりを継続し、産地や工場を大事にしている佐藤社長のご活躍を長年拝見していて、どこか同志のような気持ちを持っていました。初めて沢山お話をしましたが、佐藤社長の心の中には常にアイデアが沢山詰まっていて、溢れるエネルギーが一杯でした。
寒河江の環境と糸からのものづくりを原点にしながら突き進む佐藤社長の個性に世界の方々も魅了され、たとえ進む道に壁があっても協力体制を生み出し、突破してきたのだと思います。
糸へのこだわりから、衣食住にもこだわり、寒河江を発信する観光業の推進まで行動を広げていく佐藤社長と熱心に仕事に向き合っている佐藤繊維さんの社員の皆さんは、環境持続や人材育成や残糸や残布の活用体制に対しても昔から意識していました。山形寒河江地区から多分野において日本のクリエーションを育て、未来に繋げていく可能性を追い続けていくチームです。
柔軟な発想力で古い機械を活かして新しい技術を生み出していくのは、まさにメイドインジャパンの職人魂。日本人の物を大事にする歴史と研究熱心でマニアックな感性が重なりあった佐藤繊維さんの職人魂は、これからも様々な展開を開拓していくと思います。
BLUEKNITが取り組む〈satosenistandard〉は、佐藤繊維さんが考える「長持ちする服」へのこだわりが詰まっています。その他にも沢山アイデアがある佐藤繊維さんが、これからもサステナビリティと向き合い、どのような服作りを提案いただけるか大注目が続きます。
この取材を経て、ファクトリーブランドの背景に熱い気持ちが築いた歴史と人がいることを改めて実感しています。これからのBLUEKNITの取り組みでも、それぞれのニッターさんの個性や特徴を大事に伝えていくことが出来ればと思います。
BLUEKNIT storeクリエイティブディレクター
梶原 加奈子
北海道札幌市生まれ。多摩美術大学デザイン学部染織科卒業。
(株)イッセイミヤケテキスタイル企画を経て渡英。英国王立芸術大学院(RCA)ファッション&テキスタイルデザイン修士課程修了。2008年KAJIHARA DESIGN STUDIO INC.を設立。
日本産地の素材を集結させたテキスタイルブランドKANA COLLECTIONを立ち上げ、海外のハイメゾン向けに素材を提案。クリエイティブディレクターとしてもブランディングや地域活性化と連携。札幌の森にショップ、ダイニング、ゲストハウスの複合施設「COQ」を立ち上げ、自然と共に過ごすサーキュラーライフバランスを発信している。
2022年より(株)島精機製作所が立ち上げたサステナブルECモール「BLUEKNIT store」のクリエイティブディレクターを務めている。
北海道札幌市生まれ。多摩美術大学デザイン学部染織科卒業。
(株)イッセイミヤケテキスタイル企画を経て渡英。英国王立芸術大学院(RCA)ファッション&テキスタイルデザイン修士課程修了。2008年KAJIHARA DESIGN STUDIO INC.を設立。
日本産地の素材を集結させたテキスタイルブランド KANA COLLECTION を立ち上げ、海外の廃メゾン向けに素材を提案。クリエイティブディレクターとしてもブランディングや地域活性化と連携。札幌の森にショップ、ダイニング、ゲストハウスの複合施設「COQ」を立ち上げ、自然と共に過ごすサーキュラーライフバランスを発信している。
2022年より(株)島精機製作所が立ち上げたサステナブルECモール「BLUEKNIT store」のクリエイティブディレクターを務めている。