ルールを壊せば新しいものが生まれる
山形駅から田んぼの中を走るディーゼル列車に乗り、田舎の風景を眺めながら向かった寒河江市にある佐藤繊維株式会社。90年以上前からウールの糸を紡ぎ、世界と日本の架け橋となりオリジナルの素材や製品を日々研究している紡績ニット工場です。今回は挑戦をし続ける代表取締役社長の佐藤正樹さんとBLUEKNIT storeのクリエイティブディレクターを務める梶原加奈子さんの対談の模様をお届けします。前編では、会社の創立から、ものづくりに対する姿勢や出店ブランドの〈satosenistandard〉について語って頂きます。
BLUEKNIT storeクリエイティブディレクター
梶原 加奈子
北海道札幌市生まれ。多摩美術大学デザイン学部染織科卒業。
(株)イッセイミヤケテキスタイル企画を経て渡英。英国王立芸術大学院(RCA)ファッション&テキスタイルデザイン修士課程修了。2008年KAJIHARA DESIGN STUDIO INC.を設立。
日本産地の素材を集結させたテキスタイルブランドKANA COLLECTIONを立ち上げ、海外のハイメゾン向けに素材を提案。クリエイティブディレクターとしてもブランディングや地域活性化と連携。札幌の森にショップ、ダイニング、ゲストハウスの複合施設「COQ」を立ち上げ、自然と共に過ごすサーキュラーライフバランスを発信している。
2022年より(株)島精機製作所が立ち上げたサステナブルECモール「BLUEKNIT store」のクリエイティブディレクターを務めている。
北海道札幌市生まれ。多摩美術大学デザイン学部染織科卒業。
(株)イッセイミヤケテキスタイル企画を経て渡英。英国王立芸術大学院(RCA)ファッション&テキスタイルデザイン修士課程修了。2008年KAJIHARA DESIGN STUDIO INC.を設立。
日本産地の素材を集結させたテキスタイルブランド KANA COLLECTION を立ち上げ、海外の廃メゾン向けに素材を提案。クリエイティブディレクターとしてもブランディングや地域活性化と連携。札幌の森にショップ、ダイニング、ゲストハウスの複合施設「COQ」を立ち上げ、自然と共に過ごすサーキュラーライフバランスを発信している。
2022年より(株)島精機製作所が立ち上げたサステナブルECモール「BLUEKNIT store」のクリエイティブディレクターを務めている。
工場に向かう電車の車窓からの景色
左:代表取締役の佐藤正樹さん 右:BLUEKNIT storeのクリエイティブディレクター 梶原加奈子
【梶原】
独創的なものづくりを続けている佐藤社長のことは以前より存じておりましたが、ゆっくりお話する機会は初めてですね。感性豊かな工場経営にとても興味があります。まずは創業について、お聞かせてください。
【佐藤社長】
工場は私で4代目となります。今から91年前に寒河江市で糸づくりを始めました。元々祖父の時代にウール糸の製造業として日本でも羊を飼い、毛を紡いで糸づくりをしたのが始まりです。そこから父親の代でニットの製造を始め、私が入社するときには島精機製作所さんの機械を7台入れてくれていました。
左:代表取締役の佐藤正樹さん 右:BLUEKNIT storeのクリエイティブディレクター 梶原加奈子
【佐藤社長】
その時、12ゲージが流行っていたのですが、会社が購入した機械は当時人気のピークが過ぎた感のある10ゲージでした。そのため普通に編むだけだと発注も少なく、仕事を貰うために工夫しました。会社にある残糸を集めて太い糸にして、10ゲージの機械でも8ゲージくらいの厚みを編む。細い糸を使えば11ゲージくらいまでなら編めると。当時は機械ごとに適正番手でしか編まないような固定概念がありましたが、1枚の編み地の中に様々な糸で編みこんだテキスタイルをドッキングするという、パッチワークのような面白いものが作れたのです。それをアパレルに営業し続けていたら注文が貰えるようになって、色々なゲージの機械も徐々に増やすことが出来ました。試練がある中で前向きに工夫できたからこそ、アイデアを生み出せたと思います。
糸番手に差がある編み地
【梶原】
壁を乗り越えるために生まれた発想ですね。今ではあまり日本で作れなくなったインターシャ編みのパッチワーク編地がとても印象的です。他にはない複雑なデザインです。
【佐藤社長】
トレンドを追いかけていないから、今でも昔の5ゲージの機械が動きます。うちは適正番手とか無いんですよ。昔の機械でどう作るか、工夫すると面白いものが作れるんです。
編機が並ぶ工場内を案内していただきました
枠から飛び出す発想の原点とは
【梶原】
オリジナリティがある技術やストーリーの大切さに気が付かれたキッカケがありますか?
【佐藤社長】
私たち日本の工場は常に受け身であり、これを作ってと言われたものを作っていますが、あるときイタリアの工場を見に行ったら『こんなものを作ったら面白い』とか、工場の人たちが自分たちで考えて世界中のデザイナーに直接提案していたんです。そこの工場長が『俺たちが世界のファッションを作っているんだ』と。確かにその通りだなと思いました。
【佐藤社長】
感銘を受けて日本に戻ってから、工場の古い機械を改造して試行錯誤していました。原料や機械に対して、作り方が世界的に決まっているけど、そのルールを壊せば新しいものが生まれるんです。色々試していたらヨーロッパにも無いような面白いものが作れるようになって、最初は批判的な目も向けられましたが、徐々に受け入れられ始め、海外との繋がりを先導することができました。
【梶原】
日本のものづくりに対して、強みを分析しながらも、新しい知識を柔軟に融合しながら、挑戦を重ねてきたのですね。
【佐藤社長】
ホールガーメントもそうですけど、機械が高性能になって、自動的に物が作られると錯覚していると思います。注文を受けたものを作ることに頭が動いて、発想力やものづくりの楽しさが薄れていると思うのです。
【梶原】
そうですよね。みんなシンプルになってきて、効率ばかり追いかけるとデザインが同一化しやすいと思います。
ウールの繊維を一方方向に整える古い機械
向上に並ぶ編機
【佐藤社長】
昔の機械でどう作るか、工夫することがものづくりの面白さだと思います。色々な可能性を持っているのです。
【梶原】
発想力豊かな佐藤社長は、経営もデザインもアイデアが浮かぶのだろうと思います。沢山の自社ブランドラインがあり、デザイン業務も忙しいですか?
【佐藤社長】
スタッフにイメージを伝えて、細かいところは任せています。そうすると機械の種類を優先にしながら生産方法を考えるじゃないですか。機械を理解している人達がデザインも考えると、生産性も良くて見栄えもいいものを作ることが出来る。現場からのアイデアを大事にすると作る人もモチベーションが上がりますよね。今はそういう流れで作っています。
工場で働くスタッフの皆さん
行動する勇気と進化
【梶原】
いち早く糸販売からニットのOEM、そして自社製品ブランドの企画製造販売へと事業の枠が広がっていますが、自社ブランドを作るときに意識したことはありますか?
【佐藤社長】
当初は工場がすごく下に見られていた時代で、ファクトリーブランドなのになぜ安くないんだと言われて、ちゃんとしたブランドの売り方をしないとダメだと感じました。アパレルがやっていることを追いかけるよりも新しいことをやらなくちゃいけないと。それでアメリカの展示会に挑戦しました。自分で行動を始めると、反省点もよく見えてアイデアや進化が生まれます。
【梶原】
海外の展示会に参加されたときはどうでしたか?
【佐藤社長】
ブースデザインに力を入れたこともあり、沢山のバイヤーさんから反響もあったけど結局は1サイズ2、3着の発注でした。『この量で作るの!?』って工場現場からも言われました。サンプルは会社の1割くらいの労力を使うのに、受注は1%にも到達しなかったから大変でした。今はうちの工場の90%以上が自社ブランドの生産で一杯ですが、最初は苦戦しました。
【梶原】
ピンチをチャンスに変えていくための行動や、チームを説得していく強さがあったからこそ、環境を少しずつでも整えていくことが出来たのだと思います。新しい事業はすぐに結果が出ない場合が多いです。その中で、社員皆さんのモチベーションを保持して継続していけるかどうかが重要な要素だと思います。
【佐藤社長】
それでも、いいもの作りたい気持ちと、売れるものを作るのは必ずしもイコールではないから、常にもどかしいですよね。
工場で働くスタッフの皆さん
廃棄しないで着続けたいと思う服
【佐藤社長】
良いものを買いやすい値段でお客様に届けていきたいと、ずっと考えていました。今回BLUEKNITに参加している〈satosenistandard〉はデザインよりも定番的なものでありながら、長く大事に着続けていけることを大事にしています。素材や編み方にこだわって丈夫に作る。廃棄したいと思わない服をいかに作るか、というのが私のサステナブルなんです。その思いを表現したのが〈satosenistandard〉というブランドです。
ユニセックスで着られるのも特徴です。老若男女、エイジレスにジェンダーレスに。誰が着てもかっこいい。そんな服を目指しています。
〈satosenistandard〉左:ミドルゲージプレーンセーター 右:ミドルゲージケーブルセーター
【梶原】
ウールの原料は丈夫な糸として注目されている英国羊毛のものですか?
【佐藤社長】
膨らみ感と柔らかさが出るようにイギリスのウールをベースに他のウールとブレンドしています。コストを抑えるためにブレンドすることは他でもありますが、表情や質感にこだわったブレンドの糸はあまりないと思います。次はイタリアのすごく柔らかいカシミア糸を使った、ホールガーメントでは難しい前後差のついたデザインを企画しています。
【梶原】
糸を作れる佐藤繊維さんだけが出来るこだわりですね。次のデザインも聞いただけで触れてみたくなります。どんな製品になっていくのか、とても楽しみです!
前編は以上となります。中編では、海外の展示会や日本市場との差についてお話を伺っていきます。
中編「中編 勇気が一番の財産」を読む。